◆「北斎展」に展示の作品をご紹介します

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  「春朗」の落款を有す肉筆画は現存唯一 cap_01.gif

【前期:2月8日(金)~3月4日(月)展示】

「鍾馗」(しょうき)は病床の玄宗皇帝の夢に現れ、病をもたらした疫鬼を退治したとの伝説から、古来魔除けの神として信仰されました。江戸時代には男児の無病息災を願い、端午の節句でその勇壮な姿を描いた掛軸や幟(のぼり)が飾られ、特に本作品のような朱描(しゅがき)の鍾馗図には、疱瘡(ほうそう)除けの効験があると信じられました。

狩野派のような漢画色が強いこの作品は、北斎が数え20歳から35歳頃まで「春朗」(しゅんろう)と名乗っていた時期の肉筆画(絵師が直接筆で描いた作品)です。
この時代の肉筆画はわずか3点しか確認されていませんが、その中で唯一「春朗」の落款(らっかん)を有する極めて貴重な作品です。

鍾馗図の作品画像  
装飾2
  肉筆画帖(塩鮭と鼠)の作品画像 北斎晩年期を代表する名品肉筆画帖(塩鮭と鼠)

 【後期:3月6日(水)~3月25日(月)展示】

 ※会期中展示箇所を変更 ※(塩鮭と鼠)は3/16以降展示

 

天保の飢饉(ききん)の折、北斎は肉筆の画帖(がじょう)(複数図をアルバムのようにまとめた作品)を多く描いたと伝えられています。実際、この画帖と同一の題簽(だいせん)(題名を書いた紙片)が貼られ、同じ図を収めた画帖が複数例知られています。

画帖には、「福寿草と扇」「鷹」「雀とはさみ」「ほととぎす」「鮎と紅葉」「蛙とゆきのした」「塩鮭と鼠」「蛇と小鳥」「鰈(かれい)と撫子」「桜花と包み」の10図が収められ、いずれも明るい色彩と緻密な描写を見ることができます。最終図に「卍」(まんじ)の落款(らっかん)があることから天保五年(1834)以降の制作と分かり、北斎晩年期を代表する名品として知られています。

装飾3
北斎の作品を世界に轟かせた傑作
    凱風快晴の作品画像  
凱風快晴

 【前期:2月8日(金)~3月4日(月)展示】

《冨嶽三十六景》(ふがくさんじゅうろっけい)は北斎が70歳代前半に手がけた全46図から成る連作で、北斎の名を世界に轟(とどろ)かせた風景版画の傑作です。シリーズの中でも特に人気が高く、俗に“三役”と称されるのが「神奈川沖浪裏」(かながわおきなみうら)、「山下白雨」(さんかはくう)(※いずれも本展後期で展示)そして「凱風快晴」(がいふうかいせい)です。

「凱風」とは南から吹くおだやかな風を意味します。快晴の夏から秋の早朝、陽を浴びて富士の山腹が赤く染まる一瞬を描いたものとされ、通称「赤富士」の名で親しまれています。富士の頂から山腹は、褐色から赤への緩やかなぼかし摺りとうっすらと浮かぶ板木の木目により、複雑で豊かな表情をみせています。

装飾3
北斎改号を通知する摺物 現存2点はいすれも永田コレクション
  (亀図)の作品画像 (亀図)

【後期:3月6日(水)~3月25日(月)展示】

北斎は生涯に30を超える画号を用いたとされ、一般に知られている「北斎」号はその内の代表的な一つに過ぎません。
この亀図は、寛政十年(1798)に、それまで用いていた「宗理」(そうり)号から「北斎辰政」(ほくさいときまさ)号への改号を仲間内に知らせるため、北斎自身が出資して制作した摺物(すりもの)(私的目的で少数部制作された版画)です。

上部の賛は北斎の友人稲葉華溪(いなばかけい)によるもので、北斎が信仰していた北辰(北極星)の光が増し、北斎が活躍するようにとの願いが記されています。世界中で知られる「北斎」の号が用いられた記念碑的作品として広く知られていますが、現存するのはわずか2点のみ。その2点とも永田コレクションの中に収められています。

 
装飾4
全23図が揃う完本は世界で2例のみ
  作品画像 みやことり    
みやことり

 【後期:3月6日(水)~3月25日(月)展示】

 

江戸時代中期に富裕な趣味人の間で狂歌(きょうか)が大流行し、それに伴い狂歌に挿絵を付けた「狂歌絵本」が盛んに作られました。その多くが高級な材料を用い、彫りや摺りにこだわった豪華本で、北斎はこの挿絵の分野で活躍しました。

『みやことり』は享和二年(1802)の刊行とされる狂歌絵本で、隅田川両岸をはさんだ本所、浅草周辺の市井風俗が23図にわたり描かれています。移りゆく季節と共に、江戸庶民の何気ない暮らしが生彩に描かれ、『隅田川両岸一覧』(すみだがわりょうがんいちらん)と並ぶ北斎狂歌絵本の傑作として名高い作品です。なお全23図が完存する作例はシカゴ美術館本と永田コレクション本のわずか2例のみ、という稀覯書(きこうしょ)としても知られています。




 

 


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